男子ソフトテニス部顧問(高46回生) 向原正人
母校である津名高校に赴任して3年目を迎えた。着任当初から部活動顧問として男子ソフトテニス部を任され、現在も顧問をさせていただいている。とはいえ、自分自身が学生時代にしていた訳ではなく、ソフトテニスに関しては全くの素人である。ただ、自身のキャリアの中では今から約15年前に、当時勤めていた学校で女子硬式テニス部の主顧問を4年間させていただいたことがある。当時の部員は決して熱心ではなかったが、テニスというスポーツの面白さに最初に気づかせてくれた良い経験となった。
津名高校赴任直後の男子ソフトテニス部は、良く言えば自由にノビノビと活動しており、悪く言えば統率が取りづらい、いい加減な者を含む集団であった。それでも実力のある者も多数おり、何より自分が所属する学年であった76回生(1年生)のやる気のある連中が一気に10名も入部してくれたことで雰囲気は大きく変わったと言える。その年の春の淡路地区総体では団体戦で2位となり、迎えた県大会では近畿大会出場決定戦を制し、見事近畿大会出場を果たした。当時はまだまだ新型コロナウィルスの影響が大きく残る状況で、出場メンバーに感染者が出たり、その輸送にも気を遣ったりと、現場はかなり混乱したのだが、それでも1回戦を突破し、彼らの勝負強さを実感した大会となった。そして、あれから2年。顧問として再び近畿大会出場のチャンスが巡ってきた。何の手腕も持ち合わせていない私が、顧問経験わずか3年の間にこのような貴重な体験ができるとは、もはや僥倖としか言いようがない。
春の淡路地区総体の団体戦では、新1年生の活躍を中心に見事に優勝を果たし、県への出場権を勝ち取った。県総体では1回戦東播磨高校に3-0で快勝。2回戦相生高校にも3-0のストレート勝ちであった。続く3回戦は第1シードの市立尼崎高校。さすがにここはすんなりとはいかず、0-3で敗北を喫した。しかしここまででベスト16。近畿大会は12校までの出場なので、2年前と同じく近畿出場校決定戦に回り、そこでの彩星工科高校との戦いを2-1で制して、見事近畿大会への出場を果たした。
令和6年度近畿高等学校ソフトテニス選手権の開催地は京都。福知山市三段池公園で開催された。出場登録メンバーの8名と、運営の手伝いとして2名を加えた10名で前日から現地入りし、地元高校との練習試合などをこなし、当日に備えた。
大会当日、天候はあいにくの空模様。時折小粒の雨がパラパラと降り、また止んで、を繰り返していた。出場メンバーの他にも、残りの部員、マネージャー、また多数の保護者の方々等、総勢20名を超える大応援団も到着した。津名高校の1回戦対戦校は滋賀県の瀬田工業高校。第1対戦のオーダーは、経験値と、その元気の良さを考慮しての上谷・西住の3年生ペア。いつも立ち上がりの良くないイメージがあったが、この日はゲーム序盤から息の合ったナイスプレーを連発し、終わってみれば4-0の快勝であった。続く2対戦目は入部以来安定した強さを誇る樋口・満永の1年生ペア。1本目を取っているだけにここで一気に勝敗を決めてほしいとの期待を込めてのオーダーであった。その期待に見事に応え、苦しい場面もあったが4-2で勝ち切った。この時点で1回戦は突破。3対戦目は2年生ペアの富永・打越であったが、ここは対戦校も意地を見せて2-4で惜敗であった。次の対戦に向けて待機しているうちに突如雨足が強くなり、待機テント付近は水浸し、試合も一時中断するなど本当に天候に振り回された。
迎えた2回戦、京都府チャンピオンである福知山成美高校との対戦の頃には何とか天気も持ち直し、曇天の下、試合開始となった。ここでのオーダーは、①速谷・冨本 ②富永・打越 ③樋口・満永 で、すべてのペアが1、2年生だけで構成されており、完全に新チームを見据えてのオーダーであった。結果はそれぞれ、0-4、2-4、2-4で、もちろん善戦はしたが完敗といえた。部員たちにとっても「まだまだ上には上がいる」ということを再認識させられた試合であったのではないだろうか。それでも、試合後の部員たちの顔は晴れやかなものでもあった。「自分たちのベストを尽くし、現段階でのやれることはすべてやった」という雰囲気は感じられた。また、保護者の方々からは、「1回戦も含め、本当に楽しい試合でした」「先生、新チームが楽しみですね」と言ってもらえ、何より私自身も強くそう思えた試合となった。
あの熱戦から早くも2カ月……。その後の新チームはしっかりと先輩たちの意志を受け継ぎ、本当に強いチームとなっている。8月に行われた「淡路選手権」での優勝(ベスト4中3ペアが津名高校)。また夏休み中の数々の練習試合でも勝率は恐らく9割を超えている。常々思うことであるが、私が何かをした訳ではない。普段の練習も含め、顧問として彼らに教えているのは、せいぜい「しっかり挨拶をしなさい」とか「道具を大切にしなさい」くらいでしかない。私が強くしたのではない。能力のある選手たちが集まったところにたまたま私がいた、それだけのことである。それでもこのようなチームの顧問ができることはこの上ない幸せである。秋の新人大会に向け、このチームを一番近くで見つめ、勝利の喜び、敗戦の悔しさを共有できたら、と心から思う。
これからも応援よろしくお願いいたします。