タコの精神生活 知られざる心と生態
DAVID SCHEEL 著 ・ 木高 恵子訳
評者:門康彦(詩人:元淡路市長)

 原注も含めて4百頁近い力作、タコ研究者の第一人者と言われる作品、恐らく微妙なニュアンスの有る研究書を日本語に訳された訳者にまず、敬意を払いたい。その推敲は並みならぬ繰り返しの成果であり、大げさに言えばンジフォスの神話の作業に近いものではなかったか?

 島民にとっても多くの者はタコに詳しくは無い。淡路島が1998年明石海峡の架橋によって物理的に島でなくなってからまだ30年も経っていないがその変化は急数なものがあります。

 利便性という言葉に尽くせないものを島民は手に入れた変わりに、失ったものはもっと大事なものではなかったか。数多く有った船便はほとんど無くなり、そこにあった生活の場の拠点は壊滅、何千人といた船員さん等の雇用の場も失われました。

 人間の世界が急激に変化したように、海洋生物の世界も大きくそして急激に変化しました。赤潮の発生はこれまで西日本を中心に見られていましたが、最近では北海道まで伸びており、海が変化しています。淡路島周辺でも獲れていた魚介類は減り、代わりに熱帯魚が捕獲されると言った状態です。

 人が利便性を求めて自然に手を入れる。例えば防波堤も少なかった頃、海岸沿いに畑が多くあり、タコが陸上に上がり野菜を食べていたと、古老の漁師から聞いたことが有ります。

 丹精して育てた大根を食べられ、見せしめにするために干しダコにしたという俗説も残っています。

 宇宙船地球号に存在する生物、その中で、最強、最悪の存在は人類とも言われます。タコの姿に嫌悪感を持ちながらも、簡単に食べてしまう神経は人類の武器です。

 痛みを感じ、他者と関係をつくり、眠り、夢を見ると筆者は分析し展開していきますが、それは、実存主義の先駆者、フランツ・カフカの小説、「変身」の感覚に繋がる展開でもあります。

 人の変身より、タコのそれの方が如何に優れたもので有るかは、この本に見事に集約されています。

 巨大であったタコが今のような姿になった分析は、人類の未来を暗示しているのかもしれません。「自分が存在するから他者が在る。」とは、タコは考えないでしょう。それ故、タコ族は、地球の表面積の70%を占めるという海と共存して生き延びてきました。

 人類がタコの精神生活に学び、人類どうしが無駄な殺し合いをすることなく、集い共同体を形成する時、確かな未来が見えてくるのではないでしょうか?
 本書がその先駆けであることを祈念しながら、書評とさせていただきます。
 有難うございました。